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人工クラゲオブジェで出発した<浮遊体アート>不思議系現代アートに進化中 癒しの水槽インテリアとしてレストラン・ホテル・ショールーム等で活躍しています


 

クラゲでなくてフランシスコザビエルです

いつもと違う場所にいると、
いつもとは違うことを思いつきます。

こないだ僕と同じ格好をして
頭に電球をつけて光っている等身大の人形のことを書いたのだけど、

その人形と、僕と、僕の友人でよく似たスキンヘッドの通訳スタッフの友人の3人で
ビデオ映画を撮りたいと思いついて、
今そのシナリオを作っています。

タイトルはジェリースキンヘッズ

夜は揃いの白いジャケットとスキンヘッドで浮遊体アーティストとして活動し、
昼は揃いの黒い背広にカツラをつけてクラゲ商人として働くというストーリー
浮遊体アートのパーティのシーンがあって、
そこでは昔のキリスト教の宣教師がしていたような
ぴらぴらの首飾り?をつけてジェリースキンヘッズが登場します。

今の浮遊体アートの形が、実はクラゲを模したものではなくて
フランシスコザビエルとか、伊藤マンショに起源を発するものだ(ホントか??)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/summit/ko_2000/outline/jp/miyazaki/miy0301.html

ということがわかっていただけると思います。

2008年04月21日(Mon)

オクダさんだす

上海アートフェアに行ってきました。
国際展示場のワンフロアに、作品がぎっしり出展されていました。
ぱっと見て、アート作品がきちんと商品になっている雰囲気の作品が多いなあと。
そのまますっとホテルの壁にもっていけるという感じ。

僕はこれまで意外とアートフェアというのは見たことがなくて、
日本のデザインフェスタとか、
GEISAIとかは見たことがあったのだけど、
そこに出されていたのは、
どっちかというと売買される商品というより、
アマチュアの手作り感がにじみ出ている
そんな作品が多かったような気がします。

ところで、アートフェアのオープニングパーティに行った翌日に、
上海のギャラリー群を見て回ったのだけど、
「アートフェアのオープニングに来ていましたね、アーティストですか?」
と、四人くらいに声をかけられました。

最近の僕の格好は、
白のジャケットでズボンも白で、
それで、頭は限りなく坊主にしているものだから、
ぱっと見には、かなり目立つんでしょうね。

実はうちの工房には、
この白ジャケットの格好で、頭に電球をつけた
僕の身代わり人形が、宙に浮いて座っているのです。

ケンタッキーのおじさんのカーネルサンダース
(あの白スーツのおじさん)の格好に似ているということで、

オクダさんだす。

一緒に上海を旅行したハイアットのギャラリーのオーナーさんに命名されてしまいました。

桜がきれいです・・・って無責任な言葉か?

桜がきれいです・・・
と、冒頭に書きそうになって、
これは無責任な言葉なんだろうかと思いかえす。

というのは、桜を見るたびに思い出す話があるのだ。
知り合いで、桜の保存のために
働いてる人が語った話。

いつごろからかこの季節、
桜をテーマにした美しい歌が、
よく流れてくるのだけど、
そうした桜の歌について、
その人が言うには、

「いい気になって歌いやがって・・・
一曲歌うたびに桜税取れ!
やらずぼったくりだぜ
お前にきれいな歌など歌う資格などない!!」

言葉は荒いけれど、
その話を繰り返しきいているうちに、
はっとした・・・。

植樹をして、
水をやって、
肥やしをやって、
手入れすることでしか、
桜は花を咲かすことができない。

きれいな歌とは関係のない
言葉を超えた手入れ。

このままでいくと、
吉野の桜も、あと何十年かで、
確実に消滅してしまうらしい。

話は大きくなって、
教育論から、政治論まで。

きれいごとだけ歌って、
手を汚す肥やしやりをしない。
そういう人間が増えているので、
世の中がおかしいとのこと。

なるほどねえ。

そんなことを考えながら、
昨日の誕生日、
自宅近くの、平城京のきれいな桜をただ見ていました。

こんないい季節に、生んでもらってありがとう。
小さいころは全然思わなかったのだけど、
誕生日ごとに両親に感謝したい気持ちがわいてきます。

この何年かばたばたとしていて、
桜は、あんまりじっくり見ていないような気がします。
でも、自分の見ることのできる桜は
多くてもあと何十回と限られているんだよね。

何年か前に見た、
吉野の桜がきれいでした
一期一会という感じで・・・